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  • 投稿日時:2024/06/11
    東京の辛い仕事でうつ病を発症し、抗うつ薬を二剤出されているという若者。今はオーストラリアはゴールドコーストの大学で英語を勉強中。


    オーストラリアで調子はどうですか?と聞いたら
    「めっちゃくちゃいいです」。
    そうでしょう。だから今あなたはこんな薬を飲む必要はありませんよ。だってゴールドコーストの空気を吸っている限り、あなたの脳内のセロトニンは正常になってるんですから。え?完治させたい?いやいや、抗うつ剤で完治なんかしません。完治させる方法は、日本に戻ってこないことです。


    病んでいるのはあなたじゃない。日本という社会が病んでいるんだ。今この社会でうつ病になる人は正常で、平気でいられる人はおかしいんです。
  • 投稿日時:2024/05/30
    87歳女性。腰椎症、骨粗鬆症でビビアント、カロナール、トラマール、タリージェ、プリンペラン、芍薬甘草湯が整形外科から処方されていました。当院にはめまい、日中の眠気を主訴として当院に受診されました。お話を伺って、眠気、めまいはトラマールの副作用であろうと見て段階的に漢方に変え、現在大防風湯、通導散、アコニンサン錠全て朝夕のみで疼痛落ち着き、整形外科の薬は全て使用しなくなリマした。眠気は消失、めまい軽減。むしろ便秘気味の人なので通導散はちょうど良いとのことです。


    トラマールは非常に強い鎮痛剤ですが、87歳という非常に高齢な方には基本的に避けた方がいい薬の一つです。どうしても副作用が出やすくなり、また依存性が強いです。こういうケースを漢方だけで症状改善することは高齢者における薬の副作用を避ける、非常に望ましい治療といえます。
  • 投稿日時:2024/05/30

    今医療の現場で、なんとも奇怪な現象が起きています。薬が次々消えていくのです。


    初めは、咳止めでした。これはコロナの蔓延とサワイというジェネリックメーカーの不正が重なったからだと説明されました。次は漢方薬です。当初は呼吸器症状、特に咳に効く漢方処方が消えました。これは咳止めの代わりに使われているのだろうと考えられました。


    ところが、事態はどんどん広まっていきます。先日お話ししたように、ペニシリンの供給が不安定になりました。これは日本の薬価が低すぎて中国から原料が買えないせいだと考えられました。


    しかし、薬が手に入らなくなると言う現象は、次々に広がっているのです。アリナミンが手に入らない、抑肝散や麻子仁丸など咳とは関係ない漢方薬も次々手に入らない、セフェムと言ってペニシリンとは別系統の抗生物質も手に入らない、セルシンという安定剤の注射が生産中止になる・・・。時々何かの供給が復活するのですが、そうすると別の薬が手に入らなくなります。


    こんなことは、30年医者をやっていて初めてです。「次は何がなくなるか分からない」状況です。明らかにこれは、個別の製薬会社の事情ではありません。咳止めと抗生物質とビタミン剤と漢方薬と安定剤と・・・。全然関係ない様々な薬が消えていきます。現れたり消えたりするのです。


    一体本当は何が起きているのか、医者の私も分かりません。何を処方しようとしても、いちいち調剤薬局に「今この薬は手に入りますか」と聞かなければならない始末です。何か、とてつもなく大きな異変が起きていると感じます。一つ一つのメーカーの責任では、こんな広範囲に色々な薬が入手不可能になるなんて、説明が付きません。


    非常に薄気味が悪い話です。

  • 投稿日時:2024/05/15

    そろそろ、夏場の感染症が流行りだしています。


    先日発熱外来に見えた高齢者は検査の結果腎盂腎炎、つまり細菌が尿道口から登っていって腎臓まで侵入してしまっていたのですが、頻尿が辛くてなるべく水を飲まないようにしていたのです。ところが腎盂腎炎は高熱が出ますから、その人はすっかり脱水症になっていました。幸い水は飲めたのでひたすら水を飲んで貰い、今日再診したら元気にはなっていましたが、ちょっと危ないところでした。


    焼き肉を仲間と食って食あたりで下痢したという若者。「どんどん水分を摂ってどんどん下痢をしなさい。そうして腸管を洗い流せば治る。決して下痢止めを飲んではいけません」としっかりと釘を刺したのですが余計なお節介を焼いた人がいて「下痢してるんなら下痢止めを飲め」と言い、飲んでしまったからさあ大変。せっかくほとんど治りかけていたのがあっという間に悪化して今日飛び込んできました。


    夏場の感染症では、ともかく水分摂取をしっかりすること。高齢者はどうしても頻尿を気にしますが、おしめを使ってもいいからともかく水分摂取(心不全とかがあれば別ですが)。それと、食あたりの下痢は止めてはダメ。下痢止めを使ってはいけません。


    感染症、とりわけ細菌感染は、判断や処置を誤ると、即命に関わります。だからともかくこう言うときは受診して、医者の言うこと聞いて下さい。素人の余計な雑音に耳を貸さないこと。また自分が分からないのに患者に余計なことを言わないこと。


    よろしくお願いします。

  • 投稿日時:2024/04/30

    先日、新見正則先生という漢方医とウェブで討論しました。

    新見正則先生は
    「ドラッグストアで患者が葛根湯買って飲んでも医者が患者に葛根湯処方して患者がそれを飲んでも、要するに患者が葛根湯を飲むのだから同じだ」と主張します。


    しかしそれは違う。全然、違う。


    葛根湯はドラッグストアで売っている。しかもそれは薬剤師の許可すら無しに患者が買える。しかしそうやって患者が葛根湯を買って飲むのは、要するに自己責任です。気取って英語で言えば「セルフメディケーション」ですが、要するに風邪ぐらいで病院に掛からなくたってドラッグストアで葛根湯買えばいいでしょ、と言うことです。


    しかし。医師というのは国家資格です。医師法第十七条に「医師でなければ医業をなしてはならない」と定められています。


    医師というのはそういう人間です。法律で唯一「医業をして宜しい」という権限を与えられているのが、医師です。
    だから医師が葛根湯を患者に処方するというのは、その医師の法的権限に基づいて処方するということです。医師法に於ける「医業」として、処方するのです。


    これは、責任を伴うのです。


    患者が自らドラッグストアで葛根湯を買って自分で飲むのは、誰も責任を負いません。自己責任です。しかし医師免許を持つ医師が患者に葛根湯を処方するのは医業、医療行為であって、医師としての権限と責任において行う行為なのです。
    全然違う。


    医師たるものが、独占権である医業の一環として葛根湯を処方するというのであれば、その医師は葛根湯とはどういうものか、構成生薬は何で、どういう作用があり、どういう副作用が生じうるか、葛根湯が有効な病態は何か、熟知しているということが前提になります。


    いま、全国で無数の医者が風邪の患者に葛根湯を処方していますが、ではその医者に「これはどんな生薬が含まれている薬で、どんな効果があるんですか?」と尋ねてご覧なさい。ほとんどの医者はそこで絶句し、葛根湯という処方を引っ込めるでしょう。


    むろん、葛根湯の構成生薬は葛根、麻黄、桂皮、芍薬、大棗、生姜、甘草であることはツムラの手帳にも書かれていますから、手帳を読み上げる医者はいるもしれませんが、しかしその医者はそれぞれの生薬がなんであるかなんか、知らない。


    そういうのは、医師法において医業を独占すると定められた医師の責任ある行為ではありません。根拠がない、無責任な行為です。だから患者がドラッグストアで自分で葛根湯を買って飲むのと医師が患者に葛根湯を処方することは、違うのです。

  • 投稿日時:2024/04/24
    先日仙石病院 循環器内科にご紹介した患者さんの高血圧症につき、先方の循環器内科の先生から偽アルドステロン症を疑うので漢方を止めたというご報告をいただいたのに対しお電話で「当方の採血で血中カリウム濃度(sK)は正常でした。sKが正常な偽アルドステロン症はありません」と申し上げたのですが、その後気になって調べ直したら、私が間違えておりました。


    偽アルドステロン症の基本はなんらかのグリチルリチン代謝産物(まだ特定できていません)及びその他のものが11β-hydroxysteroid dehydrogenase(HSD)2を抑制し、そのため高濃度で存在するコルチゾー ルを、ミネラルコルチコイド受容体(MR)に結合しないコルチゾンに変換する経路が働かなくるため、コ ルチゾンに変換されなくなったコルチゾールがMRを介して、ミネラルコルチコイド作用を発揮することです。


    これは要するに原発性アルドステロン症と全く同じ現象が起きているということです。ただそれがアルドステロンによるものではない、ということだけが違うのです。ミネラルコルチコイド受容体の活性化により、イオンと水の輸送を制御するタンパク質(主に上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)、Na+/K+ポンプ、血清糖質コルチコイド誘導性キナーゼ(SGK1))が発現し、ナトリウムが再吸収され、その結果、細胞外容積が増加し、血圧が上昇し、体内の塩分濃度を正常に保つためにカリウムが排泄されます。こういった一連の作用により、K排泄の結果が低カリウム血症、Naと水の再吸収が高血圧と 浮腫を引き起こします。


    しかし最近、偽アルドステロン症だけでなく原発性アルドステロン症においても10%以上でsKが正常値を示すことが知られてきており、上記の通り原発性アルドステロニズムと同じ病理機序(ただしその原因がアルドステロンによるものではない)で発症する偽アルドステロン症でも、必ずしもsKが低値を示すとは限らないということも知られてきた、ということです。


    したがって偽アルドステロン症はsK正常だけでは否定できず、甘草を含む漢方薬(ただしgアルドステロン症を生じる物質は他にもあるのですが)の内服とともに血圧上昇を示したら、sKが正常であっても偽アルドステロン症を疑うべきであり、その診断には漢方薬の中止が可能なら中止して血圧の経過を見る。またもし漢方薬内服と血圧上昇の時間的経過の関連が不明確な場合はレニン、アルドステロンを測定し、レニンが低値を示し、かつアルドステロンも正常ないし低値であれば診断確定、ということのようです。なおグリチルリチンのどのような代謝産物が11β-hydroxysteroid dehydrogenase(HSD)2を抑制するのかはまだ不明だそうです。


    今回はご指摘を受け長年の私の誤りに気がつくことができました。厚くお礼申し上げますとともに、今後も勉強を怠らないよう、気をつけます。


    あゆみ野クリニック
    岩﨑鋼
  • 投稿日時:2024/04/23
    糖尿病の薬の中にアルファグルコシダーゼ阻害薬と言われるグループがあります。ボグリボース(ベイスン®)、アカルボース(グルコバイ®)、ミグリトール(セイブル®)などです。しかしこのグループの薬を、私は一回も使ったことがない。なぜならこのグループの薬は「食直前」だからです。よその内科でこの手の薬を出されている患者さんにお薬手帳を示して「この食直前の薬って、飲めてます?」と聞くとほとんどの人が「たまには飲んでます」程度な訳。主治医にはいわないが別の医者になら正直に言えるんです。大量に余ってるでしょう?と聞くと、だいたい余ってます。こういう薬は、いくら理論的には有効でも、実臨床では意味がありません。だってほとんどの人が「たまに」ぐらいしか飲んでないんだから。同じ理由で、私は漢方薬も基本食後で出すのです。食前なんか、みんな忘れるんだから。
     
  • 投稿日時:2024/04/12

    ある20代女性が当院心療内科に受診されました。出勤しようとすると動悸、眩暈、突然涙が出る・・・典型的な「心因反応」です。その方が抱える問題の本質は仕事のストレスだったのですが、あることをきっかけにして一気に体調を崩してしまったといいます。

     

     

    その方は、ピアノを習っているのです。ほんの趣味、というのではなく、小さい頃から本気でやっているそうです。それで、とある有名な全国大会に今年で3年連続出場した。ところが今年、同じピアノ教室から初めて全国大会出場した2人が入賞したのに、その方は入賞できなかったというのです。どうもそれがきっかけに、長年溜まったストレスが一気に出てしまったのではないか、とご本人がいうわけ。

     

     

    なるほど、と私はいいました。あなたはまだ20代です。無論、そういう年頃では他人と競争します。私だって若い頃、大学で医学研究者だった頃は一生懸命競争しました。あいつの研究は論文になったのに俺の研究はなかなか進まない、あっちはものすごくハイレベルのジャーナルに論文が載ったのに俺の論文はレベルの低いジャーナルにしか載らなかった。色々悔しい思いをしました。しかし、本当に競争する相手は他人じゃないです、ご自分と競争しなさい。来年の全国大会の時は、今年のあなたより高みを目指すんです。

     

     

    患者さんは頷きましたが、まだ納得したような顔ではありません。そこで私は話を続けました。

     

     

    ピアノをおやりになるのですから、リヒテルとギレリスはご存知ですね?

     

     

    彼女は頷きました。

     

     

    あの2人はほとんど同世代です。しかも同門でした。2人ともものすごい天才ピアニスト。しかしギレリスにとっては、どんなに努力してもどうしてもリヒテルに敵わないというのが終生負目だったそうです。

     

    その方はどうやらそのことをご存知だったようです。私は話を続けました。

     

     

    昔、リヒテルを生で聴いたことがあります。その頃もう彼はあまり大作は弾かなくなっていました。確かリストの小品だったと思うけど、曲ががどんどん高音に向かって行く部分がありましてね、パパポパパパーンと一気に駆け上がって行くんだが、その時一瞬私は音がどこまでもどこまで高く登って行くような幻想に囚われたんだ。無限の高みに昇って行くようだった。リヒテルは本当に凄かった。

     

     

    若い方ですから、リヒテルを生で聴いたことはなかったようですが、さすがピアニスト、私の話を真剣に聞き始めました。

     

    ある時、リヒテルは「私は嫉妬という感情がわからない」と言ったそうだ。もしそれをギレリスが聞いたら、さぞ地団駄踏んで悔しがっただろう。

     

     

    しかし、ギレリスの晩年、と言ってもあの人はそんなに長生きしたわけじゃないんだが、ともかく彼の晩年、ベートーヴェンの後期のピアノソナタを何曲か録音している。30番、31番あたりのね。それはもう、本当に素晴らしいものだ。確かリヒテルも30番を録音しているはずだが(若干うろ覚えで話した)、あれは明らかにギレリスの方が優っている。無論、技術を比べているんじゃないですよ、音楽としてね、ギレリスの演奏はついにリヒテルに優った。

     

     

    想像だが、おそらくその頃になってギレリスはついにリヒテルに張り合うのをやめたんだと思う。ひたすら自分のベートーヴェンを弾いたんだ。おそらく彼は自分の体が弱っているのはわかっていたと思う。そういう中で、きっと彼は自分とベートーヴェンの楽譜だけに向き合ったんだろうね。もはや彼の中には自分とリヒテル、という感覚は消え失せたんだと思う。あの音源が今手に入るかどうかわからないが、ぜひ探して聴いてご覧なさい。そりゃあ素晴らしいものだ。

     

     

    彼女は今度こそ深く頷いて帰って行きました。

     

     

     

     

     

  • 投稿日時:2024/04/12
    中国の伝説的な名医に、華陀(かだ)と扁鵲(へんじゃく)という二人がいます。扁鵲は、実在の人物だった可能性が高い。何故なら司馬遷が史記に彼の伝記を書いているからです。史記は疑わしいことは載せていません。よくよく検証して、たしかにこれは現実にあったことだ、実在の人物だという事項だけを載せているので有名な歴史書ですから、今に伝わる扁鵲にたくさんの逸話や伝説がくっついているにしろ、その元となった名医はいたはずです。

    華陀は後漢の末、三国志時代の幕開けごろの人で、魏の曹操に睨まれて殺されたという記録が残っています。しかし華陀にも色々な逸話や伝説が乗っかって、どこまでが華陀本人の話かどうかはわかりません。

    華陀は三兄弟の末っ子でした。三兄弟は皆医者でしたが、華陀が一番有名。あるとき王様が「お前達兄弟は皆医者だそうだが、有名なのはお前だけだ。お前の二人の兄はどういう診療をしているのか?」と華陀に尋ねたそうです。華陀の答えはこうでした。

    長兄は人々を健康に保ちます。だから誰も長兄が医者だと気がつきません。次兄は病気が軽い内に治してしまいます。だから人々は次兄のことを「軽い病気を治す医者だ」と思っています。私は病が重くなってから治すので皆が名医だと言いますが、本当はそうではないのです。

    王は大いに納得したそうです。

    無論重い病を治す華陀は名医です。しかし医者がもっと一生懸命取り組むべきことは、まず人々を健康に保つこと、次には軽い内に治すこと。重くなってから治療するのは最後だというのがこの逸話の意味です。だから私はこれから、人々を健康に保ち、もし病気になっても軽い内に治してしまう医者を目指そうというわけです。
  • 投稿日時:2024/04/11

    あゆみ野クリニックの患者数がなかなか増えません。「どうやって患者を増やしたらいいか」毎日悩んでいました。ところがそれをFace bookでつぶやいたら「あなたは医者でしょう。医者が患者、つまり病人を増やす方法を考えるって、変ですよ」。と言われたのです。「医者は人々を健康にするのが仕事ではないのですか」というわけ。

     

    それで私はハッと気がつきました。「医者は人々を健康にするのが仕事」、まさに正論です。

     

    医者の仕事は二つあるのです。人々の健康を保つことと、病気になった人を治すこと。むろん何をどうやってもこの世から病気が消えるわけではないから、「病気になった人を治す」のは医者の大事な仕事です。しかし「人々を病気にしない、人々の健康を保つ」というのは、もっと大事な仕事のはずです。

     

     

    ある70歳の方が外来に見えました。これまで健診で血圧が高いと言われていたがなんにも生活上困らないので放っていた。しかし今度南アメリカの古代文明の遺跡を見に行くことにしたので、長いフライトだし、遺跡は高地にあるんだから、血圧の治療をした方がいいと思って来院した、というのです。

     

     

    70歳というのは、今なら「とてもお年寄り」ではないかもしれませんが、「若者」とはいえないでしょう。しかしその人は全くお元気で、何しろ片道30時間以上かけて飛行機を乗り継ぎ、南米のインカやマヤの遺跡を見に行くんだ、というのです。

     

     

    その人に高血圧の薬を出すためには、その人に「高血圧症」という病名をつけなければなりません。保険診療で「病気の診断治療」にしか保険は認められないからです。その人は「高血圧症の患者」だから降圧剤を出します、というのは保険が通ります。

     

     

    その人は2ヶ月後に外来に見えました。無事南米の旅から戻られたのです。遺跡は素晴らしかったそうです。でも今度はまた海外に行きたいから、血圧の治療は続けることにすると言われました。

     

     

    しかしその70歳の方を診察して、私は考え込んでしまったのです。この人は70歳だがまことにお元気で、30時間以上も飛行機に乗って南米の古代文明の遺跡を見に行った。元気一杯じゃないか。この人って「病人」だろうか?無論その人の血圧は高かったので降圧剤は出したのですが、どうもこういう人を「病気」とか「病人」というのは変だぞ、と思いました。

     

     

    つい最近、別の方が来院されました。健診で肝機能が悪いと言われたと言います。それでまあ、病院行ってこいとなったわけですが、その方はまだ20代。元気一杯の男性です。毎日バリバリお仕事をし、バトミントンが趣味で週末は3時間ぐらいバトミントンに没頭するそうです。フィアンセがお弁当を持たせてくれますが、時にはその方がフィアンセのために食事を作ることもあると。

     

     

    まさに「健康そのもの」です。その方の採血をし、肝機能を確かめ、確かに数値が若干上がっていることを確認し、その原因を調べるために色々検査した結果、私の診断は「脂肪肝」でした。フィアンセの手作りのお弁当はおそらくとても健康的なものなのだろうと思いましたが、何しろ20代でお若いのですから、食欲は旺盛です。運動量は十分ですが、それ以上に食べているようです。

     

    この人は医学的には「脂肪肝」という疾患を持っている「病人」となってしまいます。でもちょっと待ってください。毎日元気に仕事をし、週末はバトミントンに励む元気いっぱいの「病人」・・・。なんか変じゃありませんか?

     

     

    病人って、どういう人を思い浮かべます。熱があって咳がする、喉も痛い。これは病人です。突然胸痛が起き、意識も朦朧として救急車で運ばれら心筋梗塞だった。これはもちろん、病人ですね。急に半身不随になって呂律が回らなくなり、救急搬送されたら脳卒中だった。これはもちろん病人です。

     

     

    しかし検査で調べたら脂肪肝であることがわかったが、毎日バリバリお仕事をし、バトミントンが趣味で週末は3時間ぐらいバトミントンに没頭する元気一杯の20代の「病人」。うーん、ちょっと「病人」というイメージではないでしょう。

     

     

    ところが、脂肪肝というのは、昔はあまり大したことがないものと思われていましたが、今では放っておくと脂肪肝から肝硬変という状態になり、肝臓の機能が非常に悪くなるだけでなく、肝臓がんを起こすことがあるということがわかってきました。大変な話だ、というわけです。しかし現在、脂肪肝を治す薬というのは確定していません。つい最近アメリカ医学会雑誌(JAMA)という有名な医学雑誌に「アスピリンが脂肪肝を改善させた」という小規模の臨床研究が載りました。小規模ですが、脂肪肝を改善させたという初めてのデータでしたからJAMAのような一流医学雑誌が載せた。しかしその論文の著者たちも言っているように、その研究はまだ初歩的なものです。もっと大規模な、かつ長期間の研究をやらないと本当のところはわからないでしょう。

     

     

    しかし脂肪肝というものが実は放っておくと肝硬変やら肝臓癌やらを起こすというのであれば、これはどうにかしないといかん、という認識を世界中の内科医が持っているわけです。しかしここで紹介したように、ほとんど全ての脂肪肝の方は「病人」のイメージからは程遠い。

     

     

    こういうのを漢方や中国伝統医学(中医学)では「未病」というのです。血圧が高い、肝臓に脂肪が溜まっているというだけなら、未だ(いまだ)病気ではない。しかしなんらかの対応をしないといつかは病気を起こす。未だ病気ではないがきちんと対応する必要があるから未病というのです。高血圧や脂肪肝、糖尿病などというのは皆中医学的には「未病」です。でも未病だから放っておいていいのではなく、放っておけば病気になってしまうから、対処をしましょうということです。生活習慣を見直しましょう、それでもダメなら降圧剤などの薬も使いましょう・・・。これらは病気を治療するのではない、未病を治療するのです。

     

     

    高齢者の孤独、なんてのも未病です。孤独がどうして未病かって?孤独な高齢者は認知症になりやすいことはきちんとしたデータが揃っています。運動が足らない高齢者も認知症になりやすい。これもきちんとしたデータがあります。中国の気功(中国のお年寄りが朝広場でやるやつ)は高齢者の年齢からくる衰えや認知症予防に良いという研究報告はたくさんあります。あれは高齢者に適したゆっくりした全身を使う有酸素運動ですし、毎朝みんなで集まれば孤独も防げる。無論健康に良いわわけです。

     

    私自身、今年の8月で60になります。今はまだ60歳は高齢者の仲間に入れてもらえませんが、昔でいえば還暦を迎えるのです。還暦を迎えた医者は、急性奇病の治療ももちろんやれる範囲でやりますが、主に未病の治療に力を注ごう。今私はそう考えています。

     

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