ある若いヘルパーの話

2023/06/24

サービス付き高齢者向け住宅、通称「さこじゅう」で働くヘルパーが、職場の上司の対応が不満で体調が悪いと受診してきた。ヘルパー2級でまだ二年目だそうだ。一年目は日勤が主で、その頃は割と問題なく働けていたが、二年目になったら夜勤が多い部署に廻された。そうしたら夜勤帯での仕事がうまく出来ないという。

施設としては、まず初年度は日勤で仕事を覚えさせ、二年目になったから夜勤もやらせたという事だろう。だが日勤と夜勤とでは仕事の中身が全く違う。スタッフの数自体少ないし、急変対応を迫られるのも夜勤帯が多い。彼女にはまだ無理があったようだ。

上の人には相談した?と訊いたら、「リーダーに相談したら自分で考えなさい、としか言ってくれないんです」という。うーん、そうか、リーダーの上は?と訊くと「施設長は自分は管理しかしていなくて現場は分からないからリーダーに訊きなさいと言うんです」というわけだ。そうか、それはリーダーの対応にも問題があるね、と私は頷いた。あなたはまだ二年目で、夜勤は今年からだから、リーダーはあなたが困っていたらちゃんと指導してあげる必要があるよ、と言った。そうしたら本人曰く「リーダーは自分は夜勤しないんです。それなのに夜勤している私には何も教えてくれなくて」という。
そこでちょっと彼女には一から教えてあげないといけないな、と気がついた。

実は僕はこうして心療内科もやっているけど、もともとは老年科医だ。高齢者医療が専門だから、福祉介護の現場はよく知っている。そういう介護施設のリーダーは、日勤の通常業務をこなしながら、スタッフの指導もしなくちゃいけないし、利用者家族の対応もしなくちゃいけないし、役所やケアマネとも連絡を取らなきゃならないし、書類仕事は山のようにある。リーダーも夜勤しろというのは無理なんだよ。

彼女は渋々頷いた。

確かにリーダーがきちんと指導してくれないのはリーダーにも責任がある。だけど実はリーダーも含めて、介護施設のスタッフはあなたもそうだが、みんな最小限の人数でギリギリ仕事をこなしている。わかるだろう?

これには彼女も深く頷いた。

君は今自分が大変だと思うだろうが、「さこじゅう」は実はまだましな方だ。利用者は少人数だし、割とお金に余裕がある人しか入らない。介護度も高くない。これが特別養護老人ホームとか老健施設とかになれば、一施設通常利用者100人。介護度は遙かに重い。各階をワンフロアとしてヘルパーが日中ワンフロアにいても三人。看護師はワンフロアに一人だ。夜は看護師一人か、看護師がいない施設もある(夜間看護師がいない施設では看護師はオンコール)。老健の施設長は医者だけど、老健の医者の給料は病院よりずっと安いから、引退した医者が楽な仕事としてやっているだけで、夜間休日は一切対応しない。そういう所の介護士の仕事は、あなたがいるさこじゅうとは比べものにならないぐらいきついよ。何故こうなっているか分かるかい?

彼女、戸惑う。

それはね、そもそもこの日本という国が、介護なんてものは余計な出費だ、老人施設などというのは安ければ安いほど良いのだと考えているからさ。あなたの給料も安いだろうけど、その安い給料で、かつ最低限のスタッフで廻さないと施設が経営出来ない仕組みになっている。この国は、介護だ福祉だには、なるべく金を掛けたくないんだ、金持ち相手は別にしてね。わかるかい?

彼女、ついに深く頷く。「分かります」と言った。

あなた23ですよね。選挙権がある。選挙って行ったことある?
本人、首を横に振る。

選挙に行かなければ、政府は「ああ、国民は今のやり方で良いと思っているんだ」と考えるんだ。今多くの人が選挙に行かない。そうすると、何時までも介護福祉はこのままなんだよ。

彼女は黙ってしまった。政府が介護福祉を安上がりにあげようとしていることは理解出来たようだが、「選挙」という言葉には抵抗があるらしい。

仕事は続ける?職場変わりますか?と訊いたら、今の仕事は辞めたいから診断書を書いてくれと言い出した。
ほらほら、またあなた欺されてる。医者の診断書が必要なのは就職する時と休業する時だけだ。辞めるのに診断書って要らないよ。と言ったら彼女、びっくりした顔をした。

だからね、この国では働く人必要なことは、学校で何一つ教えないのさ。その方が偉い人たちには都合が良いからね。
彼女はしばらくうつむいて黙っていたが、「はい。でも診断書貰ってこいと言われていて」と言った。

そこで診断書を書き、職場の人間関係で反応性うつ病となっているので職務継続は不可能と考えると書いた。薬は出さなかった。だってその子、退職したらたちまちよくなるんだから。

なかなか、今の若い子は、この社会の矛盾の真っ只中で振り回されながら、今自分が何故困っているのか、それを変えるには何をしなければならないのか納得させるのは難しい。「選挙」とか「投票」という言葉に本能的拒否反応を示すほど洗脳されている。実にこの国の教育は素晴らしい。この国は形の上で選挙権はあるが、実は国民が選挙権を行使しないように仕組んでしまった。たいした腕前だ。

本当は60分以上話をしたから通院精神療法初診5400円取れるんだけど、どうせお金はないんだろうから、30分という事にして3400円にしておいた。私も経営者としてこんな甘い事じゃいけないんだが、まあ診断書作成料3000円はもらえたからね。

一開業医、町医者が出来ることには限界がある。しかし私は出来ることをやっている。この子達がいずれ社会の中堅になっていくんだから。

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