養生は難しい

2023/08/23

よく患者さんに「生活でどんなことに気をつけたらいいですか」と聞かれます。血圧が高いとか、血糖値がちょっと高めだとかという場合によく聞かれます。それで私も医者ですから「さあ、わかりません」というのは言いづらくて、「なんとかに気をつけましょう」と言います。「塩分は控えめに」とか「水分をよくとって」とかね。

こういうのは「養生(ようじょう)」と言います。でも実は養生の研究って、すごく難しくて曖昧なんです。それはこういう話です。

私は高齢者の食習慣と転倒骨折の関係を、東北大が長年蓄積している地域コホートのデータを解析して探りました。そうしたら、その研究では、「野菜ばかりに偏る食事パターン」の傾向が強い人は転倒骨折のリスクが高まり、「肉を含む動物性タンパク質(魚でも良い)をよく摂取する食事パターンに当てはまる人は転倒骨折のリスクが減る」という結果が出ました。

なんで私がこんな研究をやったかというと、昔李時珍(りじちん)という偉い生薬学の先生が「本草綱目(ほんぞうこうもく」という有名な本でで「肉は筋骨を丈夫にする」と書いているのです。ところが最近の欧米の研究では、「野菜や果物をしっかり摂ると転倒骨折が減る」というデータが並ぶのです。それで、「どっちが正しいか自分で調べてみよう」ということになったのです。我々の解析結果では李時珍に軍配が上がりました。


しかし欧米の栄養学の有名ジャーナルは、この論文を認めませんでした。「これまで野菜や果物をとった方が良いというのが定説なのに、お前の結論はおかしい」というのです。でもしょぼい老年医学のジャーナルが採用してくれて、こうして英論文になっています。


ただその、この研究をやって私が痛感したのは、養生の研究というのは漢方薬の研究に比べてもはるかに複雑で、結果は曖昧になります。「養生」というのがものすごくいろいろなものを含んでいて、しかもそれらの要素が相互に影響しあっていて、「どれか一つについて何が言えるか」ということにはならないからです。私たちの研究も「トマトの効果」とか「牛肉の効果」ではなく、「野菜に偏りがちな食事パターン」とか「動物性タンパク質をよく摂る食事パターン」などについての研究になりました。単一の食品について「これはなんとかによい」というのは、全然わかりません。「魚は頭に良い」と言ったところで、魚をよく摂る人は和食パターンかもしれません。少なくとも典型的イギリス人とかアメリカ人のような食習慣ではないでしょう。そうするとそういう人の生活習慣はどうなんだ、ということも関わってきてしまいます。魚をよく摂るというだけで、生活習慣全体が大きく変わるのです。だから「この食品はなんとかによい」という話って、大抵根拠がないです。トマトが良い、イワシがいいとか言っても、衣食住全体の生活習慣を一定にして、ひたすらトマトとかイワシだけ食べさせたらどうなるかなんて、わかりませんから。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20513246/


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