未病ということ。「高血圧は病気じゃない」。

2024/04/11

あゆみ野クリニックの患者数がなかなか増えません。「どうやって患者を増やしたらいいか」毎日悩んでいました。ところがそれをFace bookでつぶやいたら「あなたは医者でしょう。医者が患者、つまり病人を増やす方法を考えるって、変ですよ」。と言われたのです。「医者は人々を健康にするのが仕事ではないのですか」というわけ。

 

それで私はハッと気がつきました。「医者は人々を健康にするのが仕事」、まさに正論です。

 

医者の仕事は二つあるのです。人々の健康を保つことと、病気になった人を治すこと。むろん何をどうやってもこの世から病気が消えるわけではないから、「病気になった人を治す」のは医者の大事な仕事です。しかし「人々を病気にしない、人々の健康を保つ」というのは、もっと大事な仕事のはずです。

 

 

ある70歳の方が外来に見えました。これまで健診で血圧が高いと言われていたがなんにも生活上困らないので放っていた。しかし今度南アメリカの古代文明の遺跡を見に行くことにしたので、長いフライトだし、遺跡は高地にあるんだから、血圧の治療をした方がいいと思って来院した、というのです。

 

 

70歳というのは、今なら「とてもお年寄り」ではないかもしれませんが、「若者」とはいえないでしょう。しかしその人は全くお元気で、何しろ片道30時間以上かけて飛行機を乗り継ぎ、南米のインカやマヤの遺跡を見に行くんだ、というのです。

 

 

その人に高血圧の薬を出すためには、その人に「高血圧症」という病名をつけなければなりません。保険診療で「病気の診断治療」にしか保険は認められないからです。その人は「高血圧症の患者」だから降圧剤を出します、というのは保険が通ります。

 

 

その人は2ヶ月後に外来に見えました。無事南米の旅から戻られたのです。遺跡は素晴らしかったそうです。でも今度はまた海外に行きたいから、血圧の治療は続けることにすると言われました。

 

 

しかしその70歳の方を診察して、私は考え込んでしまったのです。この人は70歳だがまことにお元気で、30時間以上も飛行機に乗って南米の古代文明の遺跡を見に行った。元気一杯じゃないか。この人って「病人」だろうか?無論その人の血圧は高かったので降圧剤は出したのですが、どうもこういう人を「病気」とか「病人」というのは変だぞ、と思いました。

 

 

つい最近、別の方が来院されました。健診で肝機能が悪いと言われたと言います。それでまあ、病院行ってこいとなったわけですが、その方はまだ20代。元気一杯の男性です。毎日バリバリお仕事をし、バトミントンが趣味で週末は3時間ぐらいバトミントンに没頭するそうです。フィアンセがお弁当を持たせてくれますが、時にはその方がフィアンセのために食事を作ることもあると。

 

 

まさに「健康そのもの」です。その方の採血をし、肝機能を確かめ、確かに数値が若干上がっていることを確認し、その原因を調べるために色々検査した結果、私の診断は「脂肪肝」でした。フィアンセの手作りのお弁当はおそらくとても健康的なものなのだろうと思いましたが、何しろ20代でお若いのですから、食欲は旺盛です。運動量は十分ですが、それ以上に食べているようです。

 

この人は医学的には「脂肪肝」という疾患を持っている「病人」となってしまいます。でもちょっと待ってください。毎日元気に仕事をし、週末はバトミントンに励む元気いっぱいの「病人」・・・。なんか変じゃありませんか?

 

 

病人って、どういう人を思い浮かべます。熱があって咳がする、喉も痛い。これは病人です。突然胸痛が起き、意識も朦朧として救急車で運ばれら心筋梗塞だった。これはもちろん、病人ですね。急に半身不随になって呂律が回らなくなり、救急搬送されたら脳卒中だった。これはもちろん病人です。

 

 

しかし検査で調べたら脂肪肝であることがわかったが、毎日バリバリお仕事をし、バトミントンが趣味で週末は3時間ぐらいバトミントンに没頭する元気一杯の20代の「病人」。うーん、ちょっと「病人」というイメージではないでしょう。

 

 

ところが、脂肪肝というのは、昔はあまり大したことがないものと思われていましたが、今では放っておくと脂肪肝から肝硬変という状態になり、肝臓の機能が非常に悪くなるだけでなく、肝臓がんを起こすことがあるということがわかってきました。大変な話だ、というわけです。しかし現在、脂肪肝を治す薬というのは確定していません。つい最近アメリカ医学会雑誌(JAMA)という有名な医学雑誌に「アスピリンが脂肪肝を改善させた」という小規模の臨床研究が載りました。小規模ですが、脂肪肝を改善させたという初めてのデータでしたからJAMAのような一流医学雑誌が載せた。しかしその論文の著者たちも言っているように、その研究はまだ初歩的なものです。もっと大規模な、かつ長期間の研究をやらないと本当のところはわからないでしょう。

 

 

しかし脂肪肝というものが実は放っておくと肝硬変やら肝臓癌やらを起こすというのであれば、これはどうにかしないといかん、という認識を世界中の内科医が持っているわけです。しかしここで紹介したように、ほとんど全ての脂肪肝の方は「病人」のイメージからは程遠い。

 

 

こういうのを漢方や中国伝統医学(中医学)では「未病」というのです。血圧が高い、肝臓に脂肪が溜まっているというだけなら、未だ(いまだ)病気ではない。しかしなんらかの対応をしないといつかは病気を起こす。未だ病気ではないがきちんと対応する必要があるから未病というのです。高血圧や脂肪肝、糖尿病などというのは皆中医学的には「未病」です。でも未病だから放っておいていいのではなく、放っておけば病気になってしまうから、対処をしましょうということです。生活習慣を見直しましょう、それでもダメなら降圧剤などの薬も使いましょう・・・。これらは病気を治療するのではない、未病を治療するのです。

 

 

高齢者の孤独、なんてのも未病です。孤独がどうして未病かって?孤独な高齢者は認知症になりやすいことはきちんとしたデータが揃っています。運動が足らない高齢者も認知症になりやすい。これもきちんとしたデータがあります。中国の気功(中国のお年寄りが朝広場でやるやつ)は高齢者の年齢からくる衰えや認知症予防に良いという研究報告はたくさんあります。あれは高齢者に適したゆっくりした全身を使う有酸素運動ですし、毎朝みんなで集まれば孤独も防げる。無論健康に良いわわけです。

 

私自身、今年の8月で60になります。今はまだ60歳は高齢者の仲間に入れてもらえませんが、昔でいえば還暦を迎えるのです。還暦を迎えた医者は、急性奇病の治療ももちろんやれる範囲でやりますが、主に未病の治療に力を注ごう。今私はそう考えています。

 


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