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  • 投稿日時:2023/11/30
    先日当院物忘れ外来に来られた80代女性。


    まあ物忘れ外来に来るほとんどの方は、本人の意思で来るわけではないです。この方も、娘さんがどうも最近母がおかしいと言って連れてこられました。

    外来での受け答えはなんとなく辻褄があっていましたが、MMSE と言う認知症スクリーニングテストをしたら認知症レベルです。しかし私はその検査結果を見て首を傾げました。変だな、これはアルツハイマーパターンじゃない、と言って幻視がないからレビー小体型らしくもない。なんだろう?

    その答えは採血結果でわかりました。亜鉛とビタミンB12が著しく欠乏していたのです。一般にビタミンと言うとすぐ野菜や果物を思い浮かべませんか?その人は野菜中心の食生活でした。しかしビタミンB12食品、亜鉛食品でググってご覧なさい。肉、魚、卵、乳製品などが並びます。その人は田舎のおばあさんで、肉は苦手、魚は内陸でたまにしか食べない。そうすると、亜鉛やビタミンB12は欠乏するのです。ちなみに海藻が出て来ますが、残念ながら海藻は確かに亜鉛をたくさん含みますが、人間の腸は海藻をほとんど消化できません。あれは食物繊維として便秘には良いが、栄養源にはならないのです。

    結局その方には亜鉛を含む胃薬プロマックを出しつつ、その方がお好きな卵や乳製品を積極的に食べていただいて二ヶ月したら物忘れは治りました。亜鉛が多い食品は牡蠣ですが、さすがに牡蠣毎日食べるのはちょっと大変だと言うのでたまたま亜鉛が含まれる胃薬プロマックで代用したのです。

    伝統的日本食は体に良い、ビタミンは野菜や果物と思い込むのは間違いです。肉、魚、乳製品も大事なんです。きちんと採血しなければ、この人に認知症と診断してアリセプトか何かを出すところでした。高齢者医療はプロの仕事です。普通の内科はこう言うこと知らないですから。
  • 投稿日時:2023/11/21
    あゆみ野クリニックには心療内科があります。これは癌で急逝された先代院長の長純一先生がやっていたのを、「止めないでくれ」と言われ正直あまり乗り気がしないままに引き継ぎました。


    心療内科というのは変わった科です。医療の一分野ではありますが、「医学」つまり体系的な学問になるのかというと、なりません。長年漢方などという得体の知れないものを学問にする、エビデンスを作るとやってきた私が、「こいつはどうも、まったくEBMには乗らない」と諦めたものが心療内科です。


    心療内科ってのは、要するに人生の苦労を扱う科です。精神科とは違います。精神科は内因性うつ病、統合失調症という、ある程度均質化が可能な対象を持っています。内因性うつ病や統合失調症も、当然外界の影響を受けますが、本質的に内因性であって、だからこそある程度均質化が可能です。「内因性うつ病とはこれこれという症状を持つ人々だ」とくくれるのです。


    しかし心療内科が「人生の苦労」を扱う限り、それは均質化出来ません。均質化出来ないから、学問になりません。現代の医学はEvidence Based Medicine (EBM)と言うのが主流ですが、これは元々臨床疫学に端を発しており、ある程度均質化が可能な集団に対して統計的最適解を出すというのが原理だからです。


    人生の苦労というのは均質化出来ないと言ったのはトルストイです。アンナ・カレーニナの冒頭、有名な一行。
    「幸福な家庭は全てお互いに似通っているが、不幸な家庭はどこもその趣が異なっている」。
    これが全て。

    人間の不幸、特に人生の不幸は均てん化出来ない。その人の不幸はその人だけのものです。人それぞれ、不幸は違います。だから人生の不幸を扱う心療内科はEBMにのらず、サイエンスになりません。医学というものは、あるいは医学というサイエンスは、均てん化し、統計的に処理するのが基本原理ですが、「人生の苦労」は均てん化出来ません。心療内科をEBMでやろうとしたら失敗するだけです。


    もちろん、まったく馬鹿らしいレベルのことならEBMに乗せることは出来ます。例えば「頭痛、めまい、吐き気、腹痛、下痢、不眠はメンタルだ」という命題であれば、そういう症状を持つ集団を対象にして、どれほどメンタル素因が強いかデータ化するのは可能です。でもそれは「今朝起きたらゾクッと寒気がして、頭痛がして熱が37度ある」という集団を集めてその診断が風邪である確率を計算するのと同じぐらい無意味です。そんなことはなにも2年掛けて臨床研究しなくても、半年臨床をやれば分かります。半年臨床やれば分かることを2年掛けて研究しなくて良い。そうすると、心療内科にはEBMに乗せるべき内容が無いわけです。


    私は今心療内科をやっています。しかし私の心療内科は完全な自己流です。しかし「では自己流で無い心療内科というものはそもそもあるのか」と言われたら、私は「ない」と思います。もしマニュアルや教科書に従って心療内科をやったら、それは患者の症状の数だけ薬を積み上げるだけになるでしょう。西洋薬だろうが漢方薬だろうと同じです。心療内科が扱うのが人生の苦労と重荷である以上、心療内科医はそれを受け止められるだけの人生を経ていなければなりません。人生順風満帆、皆から愛されて幸福な家庭を築きましたという人は、多分一生掛かっても心療内科は出来ません。100冊教科書を読んでも無駄です。人生の教科書ってないですから。そりゃもちろん、「人生こうしたら成功する」類の本は無数に売られていますが、中身は全部馬鹿馬鹿しいだけです。


    医学に数あれど、どうやら心療内科だけは何処をどうやってもサイエンスにならないようです。
  • 投稿日時:2023/11/13

    多くの開業医は勉強熱心だから企業が協賛する勉強会にせっせと通いますが、私は横着なので暇な時に英論文を読んですませます。このJAMA(アメリカ医学会雑誌)に最近載った論文には開業医である私が驚くようなことが書かれていました。代表的な胃酸を抑える薬の一つランソプラゾール(商品名タケプロン)を飲んでいる人にセフトリアキソンという抗生剤を注射すると、心停止や死亡が増えるというのです。

     


    ランソプラゾール、商品名タケプロンは胃潰瘍、逆流性食道炎などによく用いられる胃酸を抑える薬です。極めてたくさん処方されていますし私も時々使います。胃酸を抑える薬であるPPIはたくさんありますが、ランソプラゾールはPPIの中でも特に一般的に使われる薬の一つです。皆さんや皆さんのご家族でも飲まれている方は多いと思います。
    ところがこの論文によると、セフトリアキソン(商品名ロセフィン)という抗生物質の注射をPPIを飲んでいる人に使った場合、ランソプラゾールを飲んでいると心室性不整脈や心停止、入院中の死亡のリスクが他のPPIを飲んでいる人より明らかに高いというのです。

     


    困りました。


    セフトリアキソン(商品名ロセフィン)という抗生物質の注射薬は、注射が一日一回で良いという利点があります。だから入院患者にも使われますが、当院(あゆみ野クリニック)のような外来しか無いクリニックで非常に重宝する抗生剤の注射です。だって外来患者に「朝夕二回毎日注射しに来い」ってなかなか言えないです。ですから腎盂腎炎(腎臓にばい菌が入る)、蜂窩織炎(皮膚の裏側にばい菌が拡がる)といった病気には、セフトリアキソン1日1回注射7日間、という治療をします。毎日通うのはそれなりに面倒かも知れませんが、それでも一日一回来るだけならわざわざ入院するよりは楽だしお金も安くてすみます。当院は発熱外来をやっているので、腎盂腎炎や蜂窩織炎の患者さんは時々いらっしゃいます。特に女性は腎盂腎炎になりやすい。


    しかしこういう結果が出てしまうと、ランソプラゾール(タケプロン)を飲んでいる人が腎盂腎炎などになってもセフトリアキソンは使いにくい、と言うことになってしまいます。腎盂腎炎を治療しようとしたら心停止した、と言うのはシャレになりません。


    ではどちらを換えるべきでしょうか。私はランソプラゾール(タケプロン)を別のPPIに替えて貰った方が良いと思います。何故なら胃酸を抑えるPPIはランソプラゾール以外にもたくさんあります。他を選んだら良いのです。それに対して、腎盂腎炎になった、蜂窩織炎になったという時、セフトリアキソンの注射が使えないとなれば、「病院紹介しますから入院してください」という話になります。外来で一日一回注射で治療出来る抗生物質って、他に無いからです。ランソプラゾール(タケプロン)を飲んでいる人は、主治医に相談して他のPPIに替えて貰ってください。PPIは他にいくらでもありますが、セフトリアキソンの代わりになる抗生剤はなかなか無いですから。


    なお冒頭に「多くの開業医は勉強熱心だから云々」と書いたのは軽い皮肉です。製薬会社が協賛する勉強会で、こういう胃薬と抗生物質を併用すると死ぬ場合があるなんて情報を仕入れるのは不可能です。製薬会社に都合が悪い情報はそういう所では講演出来ません。JAMAは世界三大医学ジャーナルの一つです。開業医だろうがなんだろうが、本当はこういう論文に目を通して輪唱するべきなんです。だってこれ、実際開業医の臨床にまさに関わる情報ですから。

  • 投稿日時:2023/11/11
    75歳以上の後期高齢者の経口薬、つまり飲み薬は5種類までにしろ、と言うのは日本老年医学会が口を酸っぱくして言ってる話です。この年齢の人たちでは6個以上薬を飲むと副作用リスクが5個以下より10%上がります。要するに一つ一つの薬のメリットの総和より「6個以上の薬を飲んでいるデメリット」が上回るんです。

    だから私はあゆみ野クリニックに受診する75歳以上の方のお薬手帳は必ず見ます。6個以上出ていたら「何か要らないものは無いかなあ」と考えます。でも例え私が「これは要らない」と思っても、それは他所の先生が出している薬ですから、私があっさり「これ止めましょう」とはなかなか言えません・・・例外はあるんですが。患者さんやご家族に「この年齢では薬はなるべく減らした方が良いから、この薬を止められないかどうか、出した先生に相談してみて」と言います。
    しかし75歳以上、特に80歳以上の患者が10個以上薬を飲んでいるという時は、そういう遠慮はかなぐり捨てます。75歳以上の人が10個以上薬を飲んでいたら、それは問答無用に「ダメ」なんです。75歳過ぎた人に薬が10個以上出ているけどその処方は妥当だ、なんてことは絶対無いです。だからそう言う人の処方はお薬手帳で一つ一つ吟味して、これ止めましょう、これも要りませんね、と勝手にやってしまうことがあります。もちろんその時は、「これは老年内科の私の出番です」と言います。全責任は私が負いますってことです。

    一人の患者に10個以上飲み薬が出ている時は、必ず複数の医者が薬を出してます。胃腸科と内科と整形と泌尿器科、みたいな。その医者がみんな集まって相談して薬を整理出来れば良いですけど、現実的にはそれって無理です。関わっている医者はみんな「この歳でこんなに飲んだらやばいんじゃね」?と思ってますけど「自分の薬は切れない」訳です。そうなったら、老年科医の出番だというわけです。

    とは言え「お前何で俺が出してる薬切るんだ、ちゃんと理由があって出してるんだ!」って話になります。だから高齢者の薬を整理する時の大原則というものがあります。

    後期高齢者、特に80以上の方は「今だけ」治療するのです。今本人が困っていることにだけ対応します。眠れないとか、ご飯食べると胃がもたれるとか、あちこち痛いとか、便秘だとか、高齢者にありがちなあれこれです。これで軽く5個行っちゃいます。だから「将来の危険を減らす治療」は後回しになります。
    「将来の危険を減らす治療」の代表は高血圧、糖尿病、高脂血症です。なんで血圧下げるんですか、血糖下げるんですか、コレステロール下げるんですかというと、「将来心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化による病気になる危険を減らすため」です。それは勿論大事です。しかし80以上の人にとって40代の人と同じようにそれが大事かというと、そうではないです。

    こういう「将来の病気のリスクを減らすための治療」の評価の一つにNNT(Number needed to treat)と言うのがあります。例えばですね。「高血圧は心筋梗塞を起こすというのなら、何人の高血圧患者を治療したら心筋梗塞が一人減るか」を覧るのです。つまり「どれぐらい効率がいい治療か」という数字です。NNTは少ないほど効率が良いということになります。

    高血圧治療の心筋梗塞や狭心症に対するNNTは、血圧が高いだけで他はなんでも無い人が71、最悪にやばい人で26です。つまり「血圧が高いと言うだけで他になんともない人71人の血圧を治療するとそのうちの一人を心筋梗塞から救える、色々病気のデパートで最高にやばい26人の高血圧を治療するとその内一人は心筋梗塞にならずにすむ」ということです。なおこの文章は一般の方向けですので面倒な英語の引用文献とかは出しませんが、書いてる私はきちんと信頼出来る文献を見て書いています。

    一番効率が良いのは糖尿病の治療です。糖尿病の飲み薬の代表はメトホルミンですが、メトホルミンのNNTは10です。つまり糖尿病患者10人をメトホルミンで治療すると、一人が心筋梗塞にならずにすみます。メトホルミンによる糖尿病治療がこれほど効率的だというのは、それだけ糖尿病ってやばいということです。高血圧も糖尿病も心筋梗塞に繋がりますが、糖尿病の方がずっとやばいから、糖尿病治療した方が効率よく心筋梗塞を減らせるのです。

    それに対してコレステロールの治療はずっと効率が悪いです。コレステロールを下げる薬は色々ありますが、ざっくり「スタチン」と呼ばれます。何とかスタチン、かんとかスタチンと色々商品はあるけど、みんなスタチンなんです。それで、スタチン類でコレステロール、特に悪玉と言われるLDLコレステロールを下げる治療のNNTはというと、これが研究によって98から1938までものすごいばらつきがありますが、平均すると概ね400。コレステロールが高い人400人を治療してやっと一人を心筋梗塞から救えます。効率が悪いのです。なお心筋梗塞など冠動脈疾患を一度でも起こした人のコレステロールを治療した時のNNTは50です。そういう人50人のコレステロールを下げると一人再発を防げるというわけです。まあ血圧治療とだいたい同じぐらいです。

    しかもこれは、全年齢をひっくるめての話です。40歳の人は平均年齢90近くまであと50年生きますから、例え効率が悪くてもコレステロールの治療をしても良いかもしれません。しかし80歳の人は平均寿命まであと10年です。平均寿命まであと10年の人119人のコレステロールを下げて心筋梗塞から助かる人は一人だ、と言うことなら、「6個以上薬を飲むリスク」と比べたら論外、となってしまいます。止めるべきです。

    高血圧、糖尿病はそれなりに上で示した通り意味があるので、止めにくいです。しかし80過ぎの高血圧や糖尿は、もはや「将来のため」の治療ではなくなります。降圧剤止めたら突然血圧がボンと200になって救急車で運ばれる、と言うのは困ります。突然糖尿病の薬止めたらいきなり血糖が300になって意識失う、と言うのも困ります。80過ぎの人の血圧や糖尿の治療は、そういうことにはならないようにやれば良いんです。80歳の人が15年後、つまり95歳になるまでにどれだけ心筋梗塞減るんですか、という話と「80過ぎの人が6個以上薬を飲んだら確実に悪い」というリスクを比べたら、結局薬が多いリスクが上回ります。だからコレステロールの薬はさっさと止めますが、血圧や糖尿病の薬は最低限に減らします。

    認知症の薬というのもターゲットになります。今出ているドネペジル(アリセプト)とかメマンチン(メマリー)とかいう認知症の薬って、そもそも認知症初期にしか意味は無いです。そして初期の認知症って、家族は大抵気がつきません。家族が「うちの親最近おかしい」と言ってあゆみ野クリニックに連れてくる時は、大抵かなり進んでます。その時認知症の薬なんか飲んでも効かないです。ああいうのは御本人が「最近物忘れが」と心配してきて、検査するとなるほど確かに初期の認知症だな、あるいはまだ認知症レベルじゃ無いけど放っておけば認知症になるな、という時に使うんです。明らかに呆けちゃって、むしろ暴言、暴力、暴行、介護への抵抗、徘徊なんて言うのが家族の悩みになってる時に、ドネペジルもメマンチンも無意味です。速効で止めます。特にドネペジルはそういう認知症の人ではかえってそういう精神症状を悪くすることがあるので、問答無用に切ります。

    先ほどの原則「今だけ治療する」に基づくと、80歳以上で認知症と言う人を想定すると「興奮や介護への抵抗、不眠など」を治療する薬、痛み止め、胃薬、便秘薬。これで4つ。付け加えるなら糖尿病の薬を止めるといきなり血糖が300とかになって意識失うかもしれないから糖尿病なら糖尿の薬一つ。高血圧も全部止めるといきなり血圧がボンと200になるとマズいから降圧剤一つだけ。これでどうにか5個か、多くても6個になるわけです。他はどれだけ理由があっても「後期高齢者では6個以上薬を飲むと多剤併用のリスクがここの薬の作用の総和を打ち消す」という原則に照らすと、止めましょう、となるのです。

    もちろんこんなこと書くとありとあらゆる科の先生が怒るんです。夜間頻用でベオーバ出してる、と泌尿器の先生が怒ります。心房細動で血液さらさらの薬を出している、と循環器の先生が怒ります。逆流性食道炎で胃酸を抑える薬を出している、と消化器科の先生が怒ります。骨粗鬆症で治療している、と整形外科の先生が怒ります。みんな怒り出すんです。
    でも一つ一つの薬には確かにそういう効果があるんですが、「後期高齢者では6個以上薬を飲むと多剤併用の害の方が薬の効果の総和を上回る」という現実には敵わないんです。それを思い切ってぶった切れるのは、老年科の医者だけです。その代わり全責任はお前が背負えよ、って話になるんですけど。夜間頻尿が深刻な悩みなら、ベオーバとかベタニス出す代わりに思い切って血圧の薬切ります。たいして飯食って無くて血糖上がりそうに無ければ糖尿の薬を止めます。そうやって、なんとしても内服薬を5個、どんなに多くても6個以内にします。相当な荒技ですが、それでも「多剤併用のリスクよりはマシ」なんです。

    あゆみ野クリニックが老年内科を掲げている理由は、こう言うことです。
  • 投稿日時:2023/11/07

    ダイエットしたいあなたに朗報です。香港から「太極拳はエアロビをするのと同じかそれ以上のダイエット効果がある」という論文がAnnals of Internal Medicineという有名な内科専門誌に出ました

    論文では50歳以上の中心性肥満(腹太り)の人543人を
    1。何もしない群
    2。太極拳をする群
    3。エアロビなどの運動をする群

    にわけ3年間観察したそうです(息の長い研究)。そうしたら、太極拳はエアロビや普通の運動を組み合わせたグループと同じかそれ以上に腹囲が減り、体重も減ったそうです。まあ減ったと言っても何もしない郡に比べて太極拳群では1.8cm減り、エアロビ群での減少は1.3cm(いずれも平均値)ですから「目に見えて痩せた」ってわけではないですが、50歳過ぎの人たちって「目に見えて痩せる」というのはあまり良くないです。こうやって運動しながら「ほどほどに痩せる」のがいいんです。

    当院は漢方内科をやっていますが、よく「痩せる漢方はないですか」というお問合せがあるのですが、そういう方には「薬で痩せようという人で痩せた人はいません」とかなりクールにお答えします。実はある種の糖尿病の薬を飲むと痩せるというので一部のろくでなしの医者が自由診療のオンラインで自費で糖尿病の薬を売ってますが、糖尿病でない人が糖尿病の薬を飲むなんてのは危険この上ない話で、あんな連中は医師免許なんか取り上げたらいいんです。

     

    で、太極拳ですが、あれちょっと見ているとゆっくりして簡単そうに見えるでしょう。実はやってみるとなかなかコツを掴むのが大変です。以前高齢者の転倒予防にあれがいいんじゃないかと思い、太極拳の名人に「塗膜簡単な基本動作」を教えてもらったことがあるんですが、なかなかコツが掴めず四苦八苦しました。慣れてしまえばそうでもないのでしょうが、「一番簡単な動作」を覚えるのに30分以上かかり、かなり汗ばみました。あれずっと続けたら、確かにいい運動にはなるはずです。実際痩せたというのもうなづけます。

     

    もっともその太極拳の名人によると、「太極拳の名人ってみんな痩せてないよ」だそうです。お姿を画像で拝見しましたが、確かに名人って皆さん「固太り」な体型をしている方が多いようです。つまり筋肉や骨がしっかりしている上に適度に脂がついている体型です。でもあれって高齢者にとっては良い体型です。単なるブヨブヨはダメなんですけど、筋肉や骨格の基本がしっかりしている上にある程度「もしもの時の予備エネエルギー」として脂が乗っているというのは、高齢者の体型としては非常に良い、とも言えます。

     

    というわけで、皆さんもどうですか、太極拳。

  • 投稿日時:2023/11/06
    あゆみ野クリニックには心療内科と漢方内科があります。実は漢方内科とは名乗っているのですが、私が一番しっかり勉強したのは中医学です。中医学というのは中国の色々な伝統医学の流派の巨頭を中国政府が南京に集め、何日も侃々諤々(かんかんがくがく)議論させて雑多だった中国の伝統医学をどうにか体系化したものです。

    何故中国政府がこんなことをやったのかというと、今の中華人民共和国が出来た時医者が圧倒的に不足していた。西洋医は元々少なかったのですが、その上医者みたいなインテリは共産党支配を嫌って逃げちゃったんです。それで、西洋医だけで民衆を診療するのは到底無理だから、伝統医学の力も借りよう。しかし伝統医学はあまりに雑多で、これでは系統的に学校で教えて伝統医学の医者を教育するということが出来ない。だから大学の教育手順に載るように、どうにかして中国伝統医学を体系化しようということでした。

    みんな一言居士の筈の伝統医学の大家を集めてどう意見を集約したものか分かりませんが、ともかく体系化したんです。
    基本に据えられたのは黄帝内経(こうていだいけい)です。いろんな流派がいろんなことを言うのですが、何か土台になるテキストが無いと話が纏まりません。それで、どの流派も納得出来るたたき台として黄帝内経が選ばれました。
    黄帝内経は中国の戦国時代、色々な人が書いた医学論文を漢代に纏めたものです。元々色々な人が書いたものを集めているんですから、突っ込むと結構矛盾が出ます。

    しかし今に伝わる黄帝内経の内容は、おそらく漢代に纏められたものではないはずです。漢代の書(と言うかあの時代はまだ木簡とか竹簡)なんか、あっという間に散逸してしまいます。それで、宋政府が纏め直したのです。
    宋という国は何回か書きましたが、軍事的にはあんまり強くありませんでした。北の遼や金にやられてばかりいました。しかし文明大国だったのです。医学領域でも、たくさんの散逸した古典をどこからとも知れず探し出してきて復刻したのです。

    復刻したと書きましたが、何しろ散逸してしまっているのです。あっちこっちに断片は残っていましたが、それを繋いだところで元の本が出来る状態では無かったでしょう。要するに私が何を言いたいかというと、結局宋は古典を復刻したと言っていますが、実際は新しく宋代の医学を作ったんです。名前は古代のいかめしい本の名前そのままですが、内容は一新したはずです。

    それで、実はここまでが前振りで、ここから本題です。

    中医学では五臓六腑という概念があります。五臓というのは心肝脾肺腎ですが、西洋医学の同じ名前の臓器とは意味が大きく違います。今日私がここで書きたいのは心と肝と脾です。

    心は血を循環させると言います。それだったら西洋医学の心臓と同じです。しかし同時に心は意識覚醒を掌るというのです。さらに、意識が覚醒していればこそ出来る認知判断も掌るとなっています。
    昔の中国人も何回か解剖をしていますが、どうも脳がよく分からなかったらしいのです。脳は奇恒の腑の一つとされ、さっぱり分からない説明が付いています。元々脳が何してるんだかさっぱり分からなかった人がこじつけた説明なので、あれは重要では無いです。

    それで、心は意識覚醒と認知判断をやると書きましたが、心がやる認知判断は割と浅いというか、単純なのです。日常的なあれこれを認知判断します。それに対し、脾は思惟を掌るというのです。思惟というのは、心がやる日常的な認知判断より深い思考や思いです。深く人生を考えるとか、自分のクリニックをどう経営していったら良いだろうとか言う、難しくて複雑な思考が思惟です。これを脾臓がやってるというのです。

    脾臓の基本的な仕事は実は消化吸収です。口から肛門までの胃とか腸で行われる消化吸収機能を全体としてコントロールするのが脾なんです。消化吸収機能と深い思考は関係するというのは面白い視点です。要するに腹が減ったって目が覚めてれば日常的な簡単な判断は出来ますが、腹が減った状態で人生や経営は考えられないというわけです。

    肝というのはですね、私が書いた「高齢者のための漢方診療」には「感情と自律神経系の中枢」と書きましたが、中医学の流れの中できちんと説明すると五臓六腑全体が上手く廻るように調節する働きです。その「調節する」の意味を取って「自律神経系」と説明したのですが、本当は自律神経だけでは無いです。

    五臓六腑の調子が狂う最大の要因はストレスです。ストレスが掛かるとそのストレスで五臓六腑の調子が狂わないように、肝が頑張ります。ところがそれでもストレスが掛かり続けると、肝が参ってしまいます。肝の調節機能が失われた状態が肝鬱(かんうつ)です。肝鬱になると五臓全体の調子が狂います。心臓はイライラしたり、逆に意識覚醒が鈍ってどよんとしたりします。意識覚醒の調節が利きないのですから不眠にもなります。

    脾臓も上手く働きません。ストレスが掛かると必ず食欲が狂います。たいていの人は食欲が落ちますが、中には過食になる人もいます。そしてそういう状態では、脾が深く思惟を巡らせるなんてことは出来ません。
    肝鬱の代表役の一つが抑肝散です。ストレスが掛かりすぎて肝の調整機能が落ちたのを回復させるというのです。何故「抑」かというと、肝鬱になると感情が暴走するからです。イライラカッカします。だから肝鬱を抑制させる、抑肝散というのです。

    帰脾湯(きひとう)というのもよく使います。帰脾湯というのはまさに脾に働きます。ストレスが掛かり、肝の調整機能が失われ、その結果脾臓の消化吸収機能も乱れ、ものをしっかり深く考え、判断することが出来ない状態を回復させるというのです。もっとも私はその帰脾湯をベースにした加味帰脾湯(かみきひとう)の方をよく使います。加味帰脾湯は帰脾湯にイライラカッカを静める柴胡(さいこ)、山梔子(さんしし)という二つの生薬を足しています。つまり傷ついた脾臓を優しく癒やしてくれる帰脾湯に、イライラを静める生薬を二つ足してるんです。これって、ストレスを山のように抱えてどうにもならなくなってやってくる心療内科の患者さんにぴったりです。

    面白いことに、石巻で当院より古く昔から心療内科をおやりになっている「いとう心療クリニック」の伊藤先生もよく帰脾湯や加味帰脾湯を出されます。たまたま伊藤先生の所から当院に移ってこられる方とか、以前伊藤先生に掛かっていて調子が良くなったので通わなくなったけれども、最近また調子が悪くなったが伊藤先生の予約は一杯でなかなか取れないと言って当院に来られる方のお薬手帳を見ると、伊藤先生はよく帰脾湯や加味帰脾湯を出されています。

    私は伊藤先生にまだ面識がないのですが、心療内科では伊藤先生の方がずっとご専門です。伊藤先生は心療内科をやる中で漢方を覚えられたのだろうと思います(推測)。私は逆に、漢方や中医学をやる中で、漢方内科に見える患者さんに圧倒的に心身症の方が多いので心療内科もやるようになりました。伊藤先生と私が別に相談したわけでも無いのにどちらも好んで使う処方が帰脾湯や加味帰脾湯。面白いものです。

    というわけで、あゆみ野クリニックには漢方内科と心療内科があると言いますが、この二つは要するにほとんどごちゃごちゃで一緒なんです。

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