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  • 投稿日時:2023/08/31

    これ、どうやってオブラートにくるんだら良いか散々考えたんですが、結局私って生まれつき歯に着せる衣は持ってないんだという事が分かっただけだったので、悪いんですけど正直なことを書きます。私、基本的に商売に向いてないんですね・・・。


    コロナが5類になりました。それですごく増えたのが、熱出たので抗原抗体検査だけしてくださいというご注文です。PCRはお金掛かるからやらないと言うんです。


    実はですね。それでいい場合もあります。若くて(40代ぐらいまで)、持病が無い。たいして熱も出て無くて、逆に喉が痛い、鼻水出る、咳もちょっと出る。それで血液中の酸素の飽和度測るとまったく問題ない。


    これは、仮にコロナであったとしても、結局御本人にとっては風邪と同じです。私は元々の本職が漢方医ですから、それぞれの症状に合わせた漢方薬を出し、どうしてもと言われたらカロナール(アセトアミノフェン)という解熱鎮痛剤を出します。こういうのは、安心なんです。何故なら、多少熱が出ていても、喉が痛い、咳が出るということは、気道症状であることが分かっている。それならコロナかもしれないし別の何かのウィルスかもしれないけど、要するに何かウィルス性上気道炎でしょうという事だからです。ウィルス性上気道炎は漢方薬を出しても良いし、他所の医療機関さんのように解熱剤と咳止め出してもいい。どうせ自然に治るんですから。


    ところがね。39℃の熱が出ていますと。喉が痛い、咳が出る。そうなればね、そりゃあなたの体に何かが入り込んでるんです。39℃の熱だけでは何かは分かりません。しかし何か「悪い奴」がどこかに入り込んでいるのは確かなんです。38℃の熱が出てます、咳酷いですと言われたら、コロナの抗原定性陰性だ、会社からはそれだけやれと言われている、だからそれでいいんだって事にはなりません。


    そもそも、コロナの抗原定性検査、皆さんがご自宅で使うキットですが、あれは陽性だったらそのまんまコロナです。陽性だけど実はコロナじゃ無かったって言う確率は、ほぼ無視して良いです。でも陰性はあまり当てにならないのです。あのキットで陰性でした、でも熱出てます、喉痛いです。それは、キットが間違えて陰性と出してきた可能性が高いです。本当はコロナなのに「陰性」と誤判定している可能性が高いよってことです。


    それだけじゃ無いです。そもそも突然熱が38℃以上に上がる、しかも15歳以上の人で上がるというのは、なんかに感染してるんです。ほぼ感染症と考えて間違いないです。じわじわっと熱が上がったというなら、膠原病とかも色々考えますけど、昨日から突然38℃の熱が出ましたというのは、ほとんど感染症です。何かが感染してます。それはコロナかもしれないし、何か他のウィルスかも知れないし、細菌かも知れません。


    たまたま今日見えた39度発熱の方は、検査した結果細菌性の腎盂腎炎と診断しました。腎盂腎炎というのは、大腸菌が肛門からちろちろっと移動して、尿道に入り、膀胱に入り、さらにその奥の腎臓まで入ってしまったということです。男性は高齢者以外ほとんど無い病気ですが、女性はご存じの通り、尿道口と肛門が近い。さらに尿道口と膀胱の間も近い。おちんちんがないからですね。だから女性の急な高熱は、必ず腎盂腎炎を念頭に置かなければなりません。その他膣炎とか、女性は身体の構造から下半身の細菌感染を受けやすいです。


    細菌が尿道(おしっこの出口)から入って、膀胱炎を起こすと、排尿時痛とか、おしっこが急に出にくいとか言う症状が起きますが、全身の高熱は出ないのです。38℃以上の高熱になったというのは、細菌(ほとんど大腸菌)が腎臓まで入った、つまり腎盂腎炎だってことです。これは、ほっとくとやばいです。だって腎臓って無数の細くてこまかい血管が巡ってますから。腎臓に細菌が入れば、ひょっとした具合で血液中に細菌が入ってしまうことがあります。菌血症と言って、もうこれはウチみたいなクリニックでは手に負えません。命が危ないですから、緊急入院になります。場合によったらICU(集中治療室)です。


    腎盂腎炎も最初のうちに検査して診断すると、当院のようなクリニックでも外来で抗生物質を6日か7日、一日一回注射で治せます。入院要りません。しかし手遅れになったら命の問題になります。


    中高年の場合は男女問わず、咳や痰があれば肺炎も疑わなければなりません。肺炎って、ウィルス性肺炎もありますけど、細菌性肺炎(普通に暮らしている方ではほとんど肺炎双球菌)ならば、ただちに抗生物質で治療しなければなりません。たまたま、過去に肺炎やったみたいだけどなんか知らないけど自然に治ってるねと言うことがCTで発見されることはありますが、それはたまたまラッキーだったのであって、そういう宝くじの高額当選みたいな事を期待してはダメです。ふつうはちゃんと抗生物質で治療しなければならないし、呼吸困難があれば入院です。ほっときゃ死にますから。


    と言うわけで、熱出しました、会社に検査してこいと言われました、コロナの抗原定性は陰性だったけど、医者がもっと検査が必要と言ったら、それは医者が金儲けしようとしてるからだと思わないでください。あなたの命が危ないと思っているのです。


    ちなみにコロナのPCR検査は3割負担の方で検査の自己負担は2100円です。

  • 投稿日時:2023/08/28

    当院の心療内科は職場のパワハラやいじめで悩む若い人がとても多い。その若い労働者が、あまりにも社会のルールを知らないことにかなり驚いています。それで、これだけは義務教育で教えて欲しいというのをそういう患者を見ている医者の立場からまとめてみました。

     

    一。数の概念。買い物ができて時刻表を見れるレベル。
    もらった給料が正しい金額かどうかわかるぐらいの計算能力がないと、困る。

     

    二、保健衛生。保健衛生は私が学生だった頃は体育の教師がやっていた。しかし体育教師は基本的に運動が専門だが、保健衛生は体育とも理科とも独立して教えるべき。特に感染症(ウィルスと細菌が起こす病気の違い・・・生物学的な違いを細かく教えろと言うのではない。ウィルスで起きる病気はどんなものがあってどう言う経路で感染するか、最近についてはどうか、ウィルスは抗ウィルス剤があればそれが治療の中心になるがそうでなければ水分補給して安静で治る。もちろん漢方薬も使って良いと言うようなこと)。

     

    三、社会の仕組み

     

    憲法とか三権分立も大事だが、まず最初に

     

    「この国の主権者、つまり主人(あるじ)は国民である」

     

    これを子供たちの頭に叩き込んでほしい。その上で、労働関係の法律、規則をしっかり教えてほしい。世界の端っこは平らで海の水はどこかに流れていると思っていても実生活には困らない。だが労働者の権利にはどう言うものがあるか、雇用者は何はできて何は許されないか。具体的には「ノルマ達成できないなら自分で買い取れ」と言うのは違法だと言うこと、退職を希望するときに退職は許さないとか退職したいなら診断書出せとかは全部違法だとか、それは身につけていないと生きるのに困る。

     

    まあこの3つです。他は出来ても出来なくてもいいから、この三つはがっつり教え込んでほしい。

  • 投稿日時:2023/08/26
    今日はとんでもない患者が来ました。発熱外来の患者ですが、今日は発熱患者が押しかけて、私含め職員全員てんてこ舞いで働いても、皆さん長時間お待たせしてしまっていました。流石に38度とかの人をそんなに待たせられないので、発熱の人は順番早めにするのですが、そうなれば今度はそれ以外の患者さんが長時間待たなければなりません。我々は全力で頑張っているのですが、重症な方、高熱の方が次々に押し寄せるので、どうすることもできません。

    そんな中、発熱外来にきた女性が1人騒ぎ出しました。あたしは何時にこいと言われて予約してきたのに、なんで診察ブースを取っておかなかったんだ!というのです。看護師にも窓口の事務にもすごい勢いで怒鳴り散らします。それを私は他の患者さんの診察をしながら聞いていたのですが、こりゃとんでもないやつだと判断して、1人患者さんを診察し終わってから自分で出て行きました。

    そこで喚いているやつはどいつだ!みんな辛い中待ってるんだ!文句があるなら出て行け、馬鹿者!と大音声で怒鳴りつました。

    そうしたら、脅迫だ、警察呼んでやると言い出したので、警察なら私が呼ぶ!と言い、110番して警察に来てもらったのです。その後も散々喚き散らしたようですが、コロナ検査して欲しいならする、して欲しくないならしないと看護師長が伝え、「しろ」というので検査したら陽性でした。

    なぜかわかりませんが、陽性と分かった途端本人びっくり仰天したらしく突然おとなしくなり、薬をもらって帰りました。

    当院は診療所です。医療機関であってコンビニじゃありません。怒鳴り散らせばこちらが患者様患者様と揉み手をすると思ったら大間違いです。不埒なものは、容赦しません。
     
  • 投稿日時:2023/08/23

    よく患者さんに「生活でどんなことに気をつけたらいいですか」と聞かれます。血圧が高いとか、血糖値がちょっと高めだとかという場合によく聞かれます。それで私も医者ですから「さあ、わかりません」というのは言いづらくて、「なんとかに気をつけましょう」と言います。「塩分は控えめに」とか「水分をよくとって」とかね。

    こういうのは「養生(ようじょう)」と言います。でも実は養生の研究って、すごく難しくて曖昧なんです。それはこういう話です。

    私は高齢者の食習慣と転倒骨折の関係を、東北大が長年蓄積している地域コホートのデータを解析して探りました。そうしたら、その研究では、「野菜ばかりに偏る食事パターン」の傾向が強い人は転倒骨折のリスクが高まり、「肉を含む動物性タンパク質(魚でも良い)をよく摂取する食事パターンに当てはまる人は転倒骨折のリスクが減る」という結果が出ました。

    なんで私がこんな研究をやったかというと、昔李時珍(りじちん)という偉い生薬学の先生が「本草綱目(ほんぞうこうもく」という有名な本でで「肉は筋骨を丈夫にする」と書いているのです。ところが最近の欧米の研究では、「野菜や果物をしっかり摂ると転倒骨折が減る」というデータが並ぶのです。それで、「どっちが正しいか自分で調べてみよう」ということになったのです。我々の解析結果では李時珍に軍配が上がりました。


    しかし欧米の栄養学の有名ジャーナルは、この論文を認めませんでした。「これまで野菜や果物をとった方が良いというのが定説なのに、お前の結論はおかしい」というのです。でもしょぼい老年医学のジャーナルが採用してくれて、こうして英論文になっています。


    ただその、この研究をやって私が痛感したのは、養生の研究というのは漢方薬の研究に比べてもはるかに複雑で、結果は曖昧になります。「養生」というのがものすごくいろいろなものを含んでいて、しかもそれらの要素が相互に影響しあっていて、「どれか一つについて何が言えるか」ということにはならないからです。私たちの研究も「トマトの効果」とか「牛肉の効果」ではなく、「野菜に偏りがちな食事パターン」とか「動物性タンパク質をよく摂る食事パターン」などについての研究になりました。単一の食品について「これはなんとかによい」というのは、全然わかりません。「魚は頭に良い」と言ったところで、魚をよく摂る人は和食パターンかもしれません。少なくとも典型的イギリス人とかアメリカ人のような食習慣ではないでしょう。そうするとそういう人の生活習慣はどうなんだ、ということも関わってきてしまいます。魚をよく摂るというだけで、生活習慣全体が大きく変わるのです。だから「この食品はなんとかによい」という話って、大抵根拠がないです。トマトが良い、イワシがいいとか言っても、衣食住全体の生活習慣を一定にして、ひたすらトマトとかイワシだけ食べさせたらどうなるかなんて、わかりませんから。
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20513246/

  • 投稿日時:2023/08/23

    59になる私から、若い君たちへ。


    私が漢方の研究を始めた1990年代半ば、東北大学で漢方の研究をして医学博士を取ると言ったら、そんな呪いのようなもので東北大学の博士号は取れないと言われた。しかし最終的に私は東北大学開闢100年以来始めて、漢方の研究で学位を取った医学博士になった。


    私が漢方のエビデンスを検証すると言ったら、漢方の「偉い先生たち」から漢方は個の医学だから、西洋医学のEBMなどで効果は検証出来ないと言われた。お前なんか漢方医じゃ無いと言われた。しかし私はいくつものRCT(ランダム化比較臨床試験)やシステマティック・レビューを行い、それを元に英論文を48本書いた。今ではWHOが世界の伝統医学がどの様な分野でどれほど科学的検証が進んでいるか調査する研究に対し、意見を求められるほどになった。


    Wikipediaの英語版のyokukansanの項は私が立てた。ぎっしり臨床・基礎のデータを付けたら、誰か(おそらく日本東洋医学会系の誰か)がそれを全面削除し、ツムラの手帳を丸写ししたような文章に変えた。それを私は再度ひっくり返し、必要なデータに絞り込んで英語版Wikipediaのyokukansanのページを改訂した。何度か消されては戻しをくり返したが、ついに向こうが諦めた。


    今回私は日本語版Wikipediaの「漢方医学」の項を全面刷新した。今のところ邪魔は入っていないが、日本東洋医学会版の「漢方医学」の説明とはまったく異なる記述だから、何時書き換えられるか分からない。しかし原稿は保存してあるので、何度書き換えられても復元出来る。私はそのうちこの記述に基づいて、英語版WikipediaのKampoの記述も全面的に刷新するつもりだ。


    私は伝統医学を科学的に検証するという、困難な道を自らの道として選んだ。応援してくれる人もいたが、西洋医学の側からも、伝統医学の側からも、特に「えらい人々」からは常に攻撃、憎悪の的となった。その戦いは、59になった今でも続いている。


    若人らよ。自ら正しいと信じた道を選んだら、怯むな。無数の敵が君を攻撃するだろう。弾は前からだけで無く、後ろからも飛んでくる。共感者、友と思った人も、権力や権威、利益の前に屈し、君から離れ、君を裏切るであろう。君はその全てを覚悟しなければならない。


    しかし怯むでない。屈するな。どれほど苦しい人生であろうとも、君が常に真理の側に立って戦い続ければ、例え倒れても君は勇者である。君は自分の人生に誇りを持てる。しかし一度屈してしまえば、君の悔いは永久に晴れない。どれほど自らに言い訳しても、君の良心は君をさいなむ。


    君は孤独を噛みしめなければならないだろう。しかし真実を貫いていれば、何時かは人々が君を認める。それが君の死後であったとしても、それが何であろうか。ガリレオがつぶやいたごとく「それでも地球は回る」。死ぬ時に悔いが残る人生を歩むな。


    若人らよ!!!
    https://ja.wikipedia.org/wiki/漢方医学?fbclid=IwAR2C2Iw5u-Y5IzseiTBOK9xHtC2wbD783iUWP3N5bL1rcI0jBeakVeJ0IAo

  • 投稿日時:2023/08/22

    何十年も前から皆が待ち侘びていた「アルツハイマー病の根本治療薬」がついに我が国でも発売される予定です。早ければ今年中にも使えるようになるかもしれません。レカネマブと言うのですが、従来のアリセプト(ドネペジル)やメマリー(メマンチン)などとは違い、アルツハイマー病の発症のメカニズムそのものを改善させるというので、ものすごく期待が高まっています。難しくいうと脳内に「アミロイドベータ」という異常タンパクが溜まるのを抑えるのです。抑えるどころか、たまったアミロイドベータを減らしてしまうと言います。ついに出来たか!!なんですが・・・。

    その薬はどれぐらい効くのかというと。

    CDR-SBという18点満点のスコアで認知機能を測ったんだそうです。1600人ぐらいの早期アルツハイマー病の人(そのスコアで平均3,2点ぐらいの人)をレカネマブ群とプラセボ(本物と見分けがつかない偽物)群に分け、18ヶ月、つまり一年半経過を追ったら、レカネマブ群では認知機能悪化が1,21点にとどまったのに対しプラセボ群では1.66点悪化したから、両群には統計的に有意差がついた、というのです。

    18点満点のスコアで3.2点の人を対象にして一年半経過を見て、1.66点の悪化を1.21点の悪化に食い止めた・・・。うーん。それで1年間のお薬代が375万円ですって!もちろん保険は使えるでしょうが、後期高齢者で1割負担であっても自己負担が1年間37万5千円。それで効果はこの程度。ちなみにこの薬は2週に一回点滴だそうです。それも大変ですよねえ。

    期待が大きすぎたせいでしょうか、印象は「うーん」なのであります。

  • 投稿日時:2023/08/21
    「個の医療のエビデンス???」

    私は今は日本東洋医学会に所属していませんが、今年(2023年)の日本東洋医学会総会の一部が動画でネットに流れていて、それをたまたま見る機会がありました。「湯液VSエキスガチンコ勝負」とかいう(うろ覚えです)企画でしたが、そこに作務衣を着たおじいさんが登壇して、「個の医療のエビデンス」という講演をしたのです。

    西洋医学は集団の医療だ、それに対して漢方は個の医療だ。しかしEBM(根拠に基づく医療)が今や世界の趨勢となっている。漢方が個の医療であるなら、個の医療のエビデンスを構築する必要があるがそれにはどうしたら良いか、という内容の講演でした。

    その動画を視聴して私が感じたことは二つです。


    一つは、日本東洋医学会でEBMが堂々と論じられるようになったんだということ。そしてもう一つは、やっぱりこいつらEBMがそもそもわかってないな、ということでした。ちょっと説明が長くなるので初めに結論を言ってしまうと、「個の医療」とEBMは一切無関係だし、それでいいのです。


    EBMを最初に言い出したのは、カナダ人のGordon Guyatt (ガヤット)や David Sackettという人々です。1992年に提唱しました。しかしGuyattはもともと、「臨床疫学(Clinical Epidemiology)」をやっていました。臨床疫学というのは、臨床医学の諸問題を疫学的手法で解決しようという学問です。しかしこの臨床疫学という手法は、なかなか広まりませんでした。それがGuyattがEBMという名称を提起した途端、世界に広まったのです。

    EBMがあっという間に広まった理由はアメリカとイギリスでは違います。アメリカの事情はかなり特殊なので後で話します。アメリカは医療事情については非常に特殊な国です。医学は進んでいますが、医療は良く言えば独特、悪く言えば先進国の常識が通じない国です。付け足しておくと、日本はただ欧米の猿真似をしただけです、いつものことですが。

    さて、イギリスがEBMに飛びついたと言いました。具体的にいうと、イギリスのNational Health Service(NHS)、つまり国民保健サービスが飛びついたのです。EBMが初めて提唱された翌年の1992年には、NHSがコクラン共同計画を開始しています。またEBMの提唱者の1人Sackettは1995年にNHS R&D Centre for EBM、つまりNHS EBM研究開発所の所長になりました。

    つまり、EBMはそもそも疫学という「集団の医学」を母体にして生まれたということ、そして今でもEBMで最高権威とされるCochraneはイギリスの国民保健サービスが始めたものだということを理解しなければなりません。なぜNHSがEBMに飛びついたか。それは、イギリスが公的医療を医療制度の柱にしていて、「公的資金で運用する公的医療サービスで提供されるべき医療はどのようなものでなければならないか」という問題意識があったからです。国費ないし公的資金を大々的に投入して国民の医療を一定水準担保するのであれば、どんな医療行為でも構わないということにはなりません。少なくともそうした公的医療には何らかの科学的根拠が必要だろう、ということだったのです。ここでも問題とされたのは公的医療サービス、つまり集団の医療なのです。つまり、EBMというのは本来「集団の医療」を母体にしているのです。集団の医療ではもう一つ、その医療は国民全体に保証するコスパが見合うかというのも重要になりますが、それは後に回します。

    日本の国民皆保険制度も基本は同じです。戦前から戦後しばらくまで、日本は自由診療が基本でした。健康保険法というのは大正時代の1922年にできましたが、その後長くこれは一種の施し、何らかの理由(主に貧困)で医療が受けられない人のための救済制度という意味合いが強いものでした。1950年前後になり、戦後の経済混乱やものすごいインフレが続く中、多くの人々が貧困で医療が受けられない。これは流石に何とかしなきゃならんということで1958年に国民健康保険法が制定され、1961年に国民皆保険がスタートしています。


    私が生まれたのが1964年(昭和39年)で、この年に新幹線が走り、東京オリンピックが開かれました。日本はまさに高度経済成長時代を迎えたのです。こういう経済基盤ができて初めて、「国民全体に少なくとも一定程度の医療はあまねく公的に保証しましょう」ということになりました。

    医療用漢方製剤、つまりツムラの葛根湯のようなエキス漢方が最初に保険に収載されたのは1967年ですが、この時は六種類の収載にとどまり、1976年に42処方、現在では148処方が保険給付の対象になっています。

    日本の国民健康保険制度というのも、公的資金を投入して国民全体という集団に一定の医療を提供しましょうということですから、その医療は公的資金で国民全体に提供する価値があるものなのか?ということが問題になります。その中で「医学的根拠がある治療かどうか」が重要になるわけです。基本的にはイギリスのNHSの考え方と同じです。

    つまり、EBMはそもそも疫学者が提唱した概念であり、発展させたのは公的保険を提供する組織だったということです。言い換えると、EBMというのはそもそも集団を対象にした医療における概念なのです。だから「個の医療のエビデンス」と言っている時点で、「EBMわかってない」となるのです。


    さて、アメリカは特殊だと言いました。アメリカの医学界は、イギリスなどとは全く別の理由でEBMに飛びつきました。アメリカでは基本的に医療は個人のものです。公的医療保険などは国民体質として好かれません。そのアメリカでなぜEBMが広まったかというと、それは医療訴訟です。アメリカの医療訴訟の損害賠償額が天文学的な数字になるのはご存知の通りです。それで、訴訟に備えて「いや、この治療は根拠に基づいたものだ」という反論が必要だったのです。昔から行われていたとか、偉い教授がやっていたとかではなく、「科学的根拠がある治療をやったが結果は残念なことになったのだ」と主張する必要がありました。アメリカでEBMが広まった一番大きな理由はそれです。


    そもそも、完全な個の医療なら、EBMは必要ないのです。アップルの創業者スティーブ・ジョブズがガンで死んだ時、標準治療以外のいろいろな治療を自分で選択して受けました。その是非がずいぶん取り沙汰されましたが、あれは完全な「個の医療」です。ジョブズが自分の金で、自分の判断に基づいて選択した治療ですから、医学的エビデンスがあろうとなかろうと、他人がとやかくいう話ではありません。少なくとも一般的アメリカ人の受け止め方はそうでした。アメリカ人は徹底した個人主義で、自分がどんな医療を受けるかは「自分の金で受ける限り」自分の自由だと考えていますので、ジョブズが自分の大金を注ぎ込んでどんな治療を受けようが、それは本人の自由とみなされました。特にジョブズは徹頭徹尾「自分のアイデア、自分の個性」で人生を生き抜いた人ですから、あの最期は彼の人生として首尾一貫していたと思います。


    漢方でも中医学でも、煎じ薬治療というのは完全な個の医療です。その時その時で目の前の患者さんの状態に合わせて薬を調合するのですから、その薬が有効だとしても、それはその時のその人にとって有効なだけだということになります。これまでEBMの歴史やそれが広まった理由をご説明してきましたが、それを元に考えればこういう治療にEBMでいう「エビデンス」はそもそも無関係であることがわかるでしょう。もちろん治療するわけですから、何か「その治療をする理由」は必要です。しかしそれはEBMにおけるエビデンスでなくても構わないのです。EBMが基本的に集団の医療の必要性から発展したものである限り、「その時のその人」限りの治療とEBMは全く無関係です。


    エキス漢方薬は違います。エキスの漢方薬は国が法に基づいて行う医療保険の中で使われますから、「エビデンスあるんですか」ということが重要になります。莫大な公費を投じて国民にあまねく保証するに値する根拠がある治療なのですか?が問われるわけです。それと、公費を投じるのですから「コスパはどうなんですか?」ということも問題になるわけです。


    たとえば、自分の仕事を最初に例に挙げて恐縮ですが、認知症のお年寄りが興奮して怒り出す、暴れる、夜になると目が爛々としてどこかに出て行こうとする、介護しようとすると逆に乱暴されていると思い込んで抵抗して暴れるなどといったBPSDという症状、これに抗精神病薬を使うと症状は治りますが「錐体外路症状」と言ってふらつき、転倒、誤嚥性肺炎などが起きます。しかし抑肝散がBPSDを改善させ、かつ錐体外路症状は起こさないというエビデンスができました。そうすれば高齢者の転倒骨折や誤嚥性肺炎を減らせますから本人に取っても良いことだし、転倒骨折で寝たきりになって介護度が上がったり誤嚥性肺炎で入院したりというコストも減りますから、これは集団の医療の中で有用だとなるわけです。

    腹部術前後に大建中湯を飲ませておくと術後のイレウス(腸閉塞)が減るというのもそうです。お腹の手術をすると昔は頻繁にイレウスが起きました。患者さんが苦しむのはもちろん、イレウスの治療のために入院も長引きます。しかし大建中湯は術後イレウスを減らすというしっかりしたエビデンスがあります。それなら腹部の手術の前後に大建中湯を飲ませるという治療は国民皆保険という集団の医療において有益ですね、ということになります。

    つまりEBMでいうエビデンスが必要なのは、本質的には「大集団に公的に保証されるべき医療なのか」という判断のためなのです。元々が疫学から始まっていますから、エビデンスがあるかどうかも疫学的な手法で行われます。それでいいんです。だって目的が「集団的医療に有用かどうか」なんですから。

    というわけで2023年、つまりEBMが提唱されてから30年も経った今「個の医学のエビデンス」を大真面目に論じる日本東洋医学会や、その講演を聞いて「これは非常に重要な指摘だ」と納得する漢方医って、なんなんだかねえ・・・と再びため息をついてしまったのでありました。



     
  • 投稿日時:2023/08/12

    あゆみ野クリニックは訪問診療をしておりますが、24時間対応ではありません。24時間対応を謳って在宅診療すると、一人当たり診療保険点数が月3300点、つまり33000円ぐらいになります。しかし医者一人で24時間365日対応って無理ですよね。それでその時間外対応を請け負うコールセンターと言う会社があります。でも私は使っていません。そう言うコールセンターの対応は、「具合が悪いんですね、では救急車呼んでください」と決まっているからです。石巻で救急車となれば、必ず石巻日赤しかないです。そんなことやったら石巻日赤から「あゆみ野クリニックは何やってるんだ」と言われてしまいます。石巻日赤から見放されたら石巻でクリニックやれません。だから私は33000円もらえるところを11000円にしかならなくても、そう言う話には乗りません。11,000円って高いと思われるでしょうが、訪問診療の対象になるのはほとんど自己負担1割の後期高齢者の方ですから、ご本人のお支払いはひと月一回の訪問で1100円です。ただ交通費(ガソリン代)は別途いただいております。今ガソリン代高いですから。

     

    ちなみに東京なら救急センターはいくらでもありますから、そうやって在宅で33000円と言う商売は成り立つでしょう。多少評判悪くても、どうせなんとかなりますから。でも石巻でそれは無理ですね。

  • 投稿日時:2023/08/09

    最近は、発熱患者のオンパレードです。半分以上はコロナ陽性です。そういう患者さんの1人なのですが。

     

     

    数日前から症状がある。熱は全く出ていない。鼻水、軽い咳、頭痛、そして何より体がだるいと言います。よくあるコロナのように、39度の高熱が出ていればみなさん怠いといいます。そりゃ当たり前でしょう。しかしこの人は数日前から鼻水や軽い咳があるだけで、熱は出ない。市販の風邪薬を飲んだが全く効かず、ひどくだるくなったのでクリニックに来たわけです。

     

     

    体が冷えますか?と聞くと「それほど冷えるわけではないが、風呂上がりとかエアコンが効いてるところでは症状が悪くなる」と言われました。そこで私はこう説明したのです。

     

     

    これはコロナはコロナですが、漢方で言うと直中少陰(ジキチュウショウイン)というパターンです。あなたは何らかの理由で体力が落ちていて、普通なら出るはずの熱が出せないのです。この症状は軽いのではありません。体力が落ち、正常な炎症反応が起こせない状態ですから慎重に養生が必要です。

     

     

    そう説明して麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)と桂枝湯(ケイシトウ)と言う二つの漢方薬をどちらも倍量で出し、「必ず熱湯でよく溶かして飲んでください」といいました。

     

     

    コロナも含め、ウィルス性上気道炎一般に、西洋医学には決まった治療法がありません。最近は総合臨床が流行りです。総合臨床の本には感冒について記載があります。しかしのっけから「感冒、いわゆる風邪」と書いてある本があります。これ、用語からして間違ってます。風邪が本来医学用語です。感冒というのは宋代にできた俗称です。そして「特異的治療法はない」と書いてあります。それはいいのですが、総合診療医ってのはEBM(根拠に基づく医療)が大好きです。それで、「特異的治療法がない」という文章に二つ英論文を根拠として引用している本がありました。私は立ち読みしてたのですが、ここでぷっと吹き出して、あとは本屋に置いてきました。こういう本や医学雑紙の風邪特集は、全部この調子です。冒頭に「特異的治療法はない」と書いて、あとは風邪と紛らわしい別の疾患の鑑別が延々と書かれています。当然こういうものに直中少陰なんか出てこないし、その治療法も出てきません。

     

     

    まあこんな調子ですから、巷の医者は各人各様の摩訶不思議な「風邪診療」を編み出します。ある医者は風邪にアジスロマイシンという抗生物質とプレドニン(ステロイド)を出しますし、ある医者は風邪には抗生物質は必要ないと知っているのか、アセトアミノフェン(カロナール)にイブプロフェンにペレックスを出します。アセトアミノフェンもイブプロフェンも解熱鎮痛剤です。ペレックスは複合感冒薬ですが、実はペレックスにもアセトアミノフェンが入ってます。アジスロマイシンは抗生物質ですが、風邪はウィルス性疾患で細菌感染ではないので、これは全く無駄です。それに風邪にステロイドって、いやそれは流石に頼むからやめてくれ的な・・・。

     

     

    でもこういう珍妙な風邪治療も、一概に責められません。だってどの本を見ても、どの医学雑誌の特集を見ても、「風邪の特異的治療法はない」および「風邪に紛らわしい他の疾患の鑑別」しか書いてないのに、風邪の患者は毎日来るんですから。開業医は患者を前に「風邪に特異的な治療はない。これがエビデンスだ」と言って英論文2本見せても話になりませんから、どうにかしようと「独自の」処方を編み出すわけです。

     

     

    風邪に特異的な治療法はないと言って英論文2本引用したって誰も読まないんですから、それより漢方の直中少陰とか、患者が悪寒する時とほてる時では治療が違うとかいう話をしてくれた方が、マシだと思うんですけどねえ・・・。

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